2010年12月01日
リトル・ランボーズ(感想)
リトル・ランボーズ
SON OF RAMBOW
2007年イギリス、フランス
11月06日公開
スタイルジャム配給
PG12指定
http://rambows.jp/
公開劇場
☆☆☆☆☆
監督:ガース・ジェニングス「銀河ヒッチハイク・ガイド」
脚本:ガース・ジェニングス
撮影:ジェス・ホール
編集:ドミニク・ラーング
音楽:ジョビィ・タルボット
出演:ビル・ミルナー
ウィル・ポールター
ジェシカ・スティーヴンソン
ニール・ダッジェオン
ジュール・シトリュク
エド・ウェストウィック
「First Blood(ランボー1作目)」と看板が掲げられた映画館、たばこを吸いながら面倒くさそうに作品をビデオカメラで撮る少年リー・カーター。
気弱で従順そうな少年ウィルは納屋で腕時計を眺めて付けて小学校に登校する。ウィルは教室でノートに絵を描いている。授業が始まって教師はテレビを見られないから廊下に行って自習していなさいと言われる。ウィルは教会の教えで母親からテレビを見てはいけないと言われていたのだった。ほかの教室で悪さをして廊下に出されたリー・カーター。ボールを壁に当てて遊んでいる。ウィルはリー・カーターと目が合うとボールを顔に投げてきた。近寄ってきてノートを勝手に見て返そうとしない。もみあって金魚鉢が落ちて割れる。校長室に呼ばれることになってリー・カーターはウィルに俺が全部悪さをしたことをかぶって拷問も受けるから腕時計をよこせと渡してしまう。しかし、リー・カーターは校長室に行くことなく逃げてきてしまう。ウィルはリー・カーターが軽い拷問で済みますようにと校庭の木の下で祈る。そうするうちにフランスから交換留学生たちがバスから降りてくる。リー・カーターは自転車を盗んでウィルは代わりに罰を受けてくれたと思い込んでいるリー・カーターを自転車で送る。リー・カーターの家は老人ホームを家業にしていた。リーは彼の兄から「ランボー」をダビングして置くように言われる。そのビデオを見てしまったウィル。大興奮でランボーになった気になって駆け回って家に帰る。
リー・カーターは兄から借りたビデオカメラで映画を撮っているからと手伝えと言う。ウィルは快諾する。ウィルはランボーの息子という設定で役になりきる。
日本で言うとランボーではなくてブルース・リーに成りきっていたかつての少年たちがいたのであろう。そうでなくても誰でも必ずその時その時のヒーローになりきっていた時期がある。それだけでもう十分であって懐かしさがある。82年当時の音楽も使っている、その時代を知らなくても懐かしさを感じてしまう。
ウィルはテレビ、映画を禁止されているが、自分で絵を描く、想像の中で楽しくする。父親は死に、母親は介護をしたり教会に通ったりとつまらなそうに暮らす。現実はそんなに楽しいわけではない。でも、想像の世界は広がっているんだ。そこだけで心が動かされる。ディズニーなど最初からキャラクターを子供に与えてしまっては想像力を広げることをかえって妨げてしまうということへの批判であったりなんてしないか。閉ざす事での創造性の爆発現象へとつながるということはあるのではないか。
そして最初は乱暴なガキのリー・カーター。ランボーに魅せられたウィルと映画を作ることが楽しくなる。泳げないウィルを助けたことでお互い父親がいないことを知り友情を深める。このくだりでもまたじーんとくる。その後もまたそれは深まる。ちょっとしたアクションも入る。リー・カーターは最初が悪い奴だっただけにお前本当に良い奴だと涙腺が緩む。
さらにリー・カーターと兄とのシーンで熱くなる。ウィルも壁を乗り越え、リー・カーターも乗り越える。本当に熱い映画だ。いやー映画って本当に良いものですねと水野先生でなくても言いたくなる映画。単に素直な映画ではなくすかしたフランス人にも突っ込みを入れたり、牛にケチャップなどちょっと斜めから見た感じがイギリス映画っぽくもあって屈折していたりとぐっと心をつかまれた。
ウィルを演じている弱そうな少年も良いけど、いかにも悪ガキっぽいリー・カーター演じた少年が凄く良かった。2人のキャラクターあったからこその映画だ。
監督自身がスタローンが好きなんだということがわかる。そういう思いを感じられて幸せだった。
最後なんてべたな展開だし構成とかあまいところもあると言われるかもしれないけれど、好きだ。満足できる作品だと思う。
SON OF RAMBOW
2007年イギリス、フランス
11月06日公開
スタイルジャム配給
PG12指定
http://rambows.jp/
公開劇場
☆☆☆☆☆
監督:ガース・ジェニングス「銀河ヒッチハイク・ガイド」
脚本:ガース・ジェニングス
撮影:ジェス・ホール
編集:ドミニク・ラーング
音楽:ジョビィ・タルボット
出演:ビル・ミルナー
ウィル・ポールター
ジェシカ・スティーヴンソン
ニール・ダッジェオン
ジュール・シトリュク
エド・ウェストウィック
「First Blood(ランボー1作目)」と看板が掲げられた映画館、たばこを吸いながら面倒くさそうに作品をビデオカメラで撮る少年リー・カーター。
気弱で従順そうな少年ウィルは納屋で腕時計を眺めて付けて小学校に登校する。ウィルは教室でノートに絵を描いている。授業が始まって教師はテレビを見られないから廊下に行って自習していなさいと言われる。ウィルは教会の教えで母親からテレビを見てはいけないと言われていたのだった。ほかの教室で悪さをして廊下に出されたリー・カーター。ボールを壁に当てて遊んでいる。ウィルはリー・カーターと目が合うとボールを顔に投げてきた。近寄ってきてノートを勝手に見て返そうとしない。もみあって金魚鉢が落ちて割れる。校長室に呼ばれることになってリー・カーターはウィルに俺が全部悪さをしたことをかぶって拷問も受けるから腕時計をよこせと渡してしまう。しかし、リー・カーターは校長室に行くことなく逃げてきてしまう。ウィルはリー・カーターが軽い拷問で済みますようにと校庭の木の下で祈る。そうするうちにフランスから交換留学生たちがバスから降りてくる。リー・カーターは自転車を盗んでウィルは代わりに罰を受けてくれたと思い込んでいるリー・カーターを自転車で送る。リー・カーターの家は老人ホームを家業にしていた。リーは彼の兄から「ランボー」をダビングして置くように言われる。そのビデオを見てしまったウィル。大興奮でランボーになった気になって駆け回って家に帰る。
リー・カーターは兄から借りたビデオカメラで映画を撮っているからと手伝えと言う。ウィルは快諾する。ウィルはランボーの息子という設定で役になりきる。
日本で言うとランボーではなくてブルース・リーに成りきっていたかつての少年たちがいたのであろう。そうでなくても誰でも必ずその時その時のヒーローになりきっていた時期がある。それだけでもう十分であって懐かしさがある。82年当時の音楽も使っている、その時代を知らなくても懐かしさを感じてしまう。
ウィルはテレビ、映画を禁止されているが、自分で絵を描く、想像の中で楽しくする。父親は死に、母親は介護をしたり教会に通ったりとつまらなそうに暮らす。現実はそんなに楽しいわけではない。でも、想像の世界は広がっているんだ。そこだけで心が動かされる。ディズニーなど最初からキャラクターを子供に与えてしまっては想像力を広げることをかえって妨げてしまうということへの批判であったりなんてしないか。閉ざす事での創造性の爆発現象へとつながるということはあるのではないか。
そして最初は乱暴なガキのリー・カーター。ランボーに魅せられたウィルと映画を作ることが楽しくなる。泳げないウィルを助けたことでお互い父親がいないことを知り友情を深める。このくだりでもまたじーんとくる。その後もまたそれは深まる。ちょっとしたアクションも入る。リー・カーターは最初が悪い奴だっただけにお前本当に良い奴だと涙腺が緩む。
さらにリー・カーターと兄とのシーンで熱くなる。ウィルも壁を乗り越え、リー・カーターも乗り越える。本当に熱い映画だ。いやー映画って本当に良いものですねと水野先生でなくても言いたくなる映画。単に素直な映画ではなくすかしたフランス人にも突っ込みを入れたり、牛にケチャップなどちょっと斜めから見た感じがイギリス映画っぽくもあって屈折していたりとぐっと心をつかまれた。
ウィルを演じている弱そうな少年も良いけど、いかにも悪ガキっぽいリー・カーター演じた少年が凄く良かった。2人のキャラクターあったからこその映画だ。
監督自身がスタローンが好きなんだということがわかる。そういう思いを感じられて幸せだった。
最後なんてべたな展開だし構成とかあまいところもあると言われるかもしれないけれど、好きだ。満足できる作品だと思う。